先日驚くべき出来事を目撃した。僕の属しているDiscordサーバーで、ハンドルネームが「匿名」という文字列の人が「発表用のテキスト・チャンネルに自分の書いた小説を置いたので、誰か見て添削してほしい」と言い出したのだ。

名前が「匿名」という時点ですでに怪しい。他人から自分の名を肉声で呼ばれる場面や、そう呼ぶ側の気持ちを想像したことがなさそうだ。そういう人物が小説を書いているのだという。自分のハンドルネームを考える能力のない人間が書いた小説を、一体だれが読む気になるのだろうと、僕は疑問におもった。彼は書店の小説のコーナーに行ったことがないのであろうか。書棚にはずらりと本の背表紙がならんでいるものだが、それを見ると、たいていの本には著者が一生懸命考えた筆名が記されているはずだ。

どうやらネットで自分の名前を考えるのは難しい仕事らしい。ツイッターやDiscord、スプラトゥーン3でも多くの人が自分に名前をつけることに戸惑いや抵抗を感じているようだ。多くの人が訳の分からない名前をつける。流行ったネットミームや食べ物の名前、他人への罵詈雑言などをつける。他者がそれを見てどういう印象を受けるのかを、一瞬たりとも想像したことがなさそうな名前である。

今時、日本人の多くは「ネットで実名を名乗らない方がいい」とどこかで教えを受けている。しかし自分の名前のつけかたを教えてくれる人はどこにもいないように思われる。それはなんだかもったいない。名前はすべての始まりだ。現実なら顔や服で第一印象が決まるが、ネットでは名前という文字列がかなりの部分を占めている。

ハンドルネームに迷った人は僕に依頼するといいだろう。オポンチキ、チョリンパー、ポイチョフなど、多くの優れた名前を僕は考案してきた。もはや名付けの達人と言っていいと思う。

というのは冗談だが、名付けにはちゃんと時間をかけて考えた方がいいというのは本当のことだ。

たとえば「読書マン」という名前を自分につけたとしよう。読書をいっぱいして、それで本の感想をYoutubeやはてなブログなどに投稿していこうと考えて、その名前をつけたとする。

残念ながらこれは名付けとして失敗である。この名前にすると、将来心変わりをして、読書に関係ない活動をメインに据えようとした場合、名前を変更しなければならなくなる。すると今まで付いてきたファンというものをそのタイミングで失うことになる。これははっきり言って馬鹿げているだろう。

これなら「やすひろ」という名前の方がはるかにマシである。ただ、これだとちょっと他人とかぶりやすいので、「高木やすひろ」とか「高木ヤス」とかにするといいかもしれない。

ともかく短期的な活動だけに焦点を当てて一発ネタのような名前にするのは避けた方がいい。あるていど頭のいい人はちゃんとこういうところでこちらの知能の正体を見破ってくるものだ。するともう、名前を見ただけで相手は引き返していく。これほど損なこともないだろう。