僕はふたたび『古事記』の現代語訳をはじめから読んでいる。やっぱり良いなと思う。今回特に目を奪われるのは左右だ。左右というモチーフが本当に面白い。その面白さは異常と言っていいぐらいだ。左右はどうやら『古事記』に認められる特徴的なテーマやモチーフの土台となっているように思われる。
たとえば入れ替えというモチーフが明確に出てくるのは、アマテラスとスサノオのうけいの勝負だろう。その後に出てくるのはホデリノミコトとホヲリノミコトの間での道具の交換だと思われる。歌の交換も入れ替えに当たると言えば当たるのかもしれないが、とりあえず今回は置いておく。ここでモチーフの出てくる順番や配置などを反省してみると、あくまでも左右が入れ替えに先立っているようだ。左右という土台があってこそ、初めて入れ替えというモチーフは登場できるわけである。
あるいはネガティブからポジティブへの状態の移行というのも興味深いモチーフだが、これも左右という基盤の上に成り立っているように僕には思われる。
たとえばスサノオの生誕のときは海が荒れ狂い、死に結びついていたのが、ホヲリノミコトの挿話では海は主人公に対する援助者となっている。また、アマテラスがスサノオと戦うときは男のような格好をし、態度であるのに、うけいの勝負後は柔和になり女らしくなっているのも見逃せない。これもまたネガティブからポジティブへの移行であろう。こうした「状態の移行」というテーマが分かりやすく物体になったのが、塩盈珠と塩乾珠という二つの魔法の珠なのだろう。
色々述べてきたが、要は『古事記』の研究をしたければ左右に集中すればいいということだ。そこにすべての鍵はある。