今回はたった一文字を読むだけでウェブ小説の良し悪しを判別する方法をみなさんに伝授しようと思う。

さて、原稿用紙に書く文章は、段落の先頭において字下げをするべきである。空行は場面や話題を大きく変えるときにのみ使う。このことは誰でも知っている。義務教育で教わるからだ。

ではウェブに載せる文章は、段落の先頭において字下げをするべきだろうか?

正しい答えは「字下げをしない」だ。新聞記事を書く際も小説を書く際も同じである。ウェブに載せるなら段落の先頭においては字下げをしない。そして段落と段落のあいだには空行を置く。これが正しい文章の書き方だと言える。理由はその方が美しく見えるからだ。

ところで正しさは誰が担保するのだろう。どこかに偉い学者がひとりいて、その人がすべてを審査してくれるのだろうか。

いや違う。正しさは、時間と人々の集合的無意識が決定する。20年後には小説投稿サイトに投稿されている小説も、ほとんどのものは段落の先頭において字下げをしていないはずだ。

もちろん、こうした主張は僕の個人的な推測に過ぎない。しかしこれで間違いないだろうと僕は信じている。

じつはずいぶん昔は、テキストをメインに載せている個人のウェブサイトはやたらと文字サイズを変えていた。自分の主張とか話のオチを書く際は、そこの一文についてだけ文字のサイズを大きくしていた。小声で言いたいことはその一文だけ文字サイズを小さくしていた。書き手はしょっちゅうそういうことをしていた。

しかし今ではそういうサイトは見ない。ほとんど消滅してしまったと言える。理由は人々が「美しくない」と判断したからだ。書き手も読み手もそういう風に思ったので自然と「文字サイズ変更芸」は消滅してしまったのだ。たとえばnoteという文章の投稿サイトはそもそも文字サイズを変えられないようになっている。変えられるとしたら見出しの設定ぐらいだ。

では現代において、小説でも小説以外の文章でもいいのだが、ウェブに文章を書く際に段落の先頭において字下げをしているのはどういう人物なのだろうか。

彼らは二通りにわかれる。一つ目は、単に審美眼がない人だ。何が美しくて何が美しくないかが判別できないので、間違った方を選んでしまっているというわけである。二つ目は、絶えず人の顔色をうかがっているような人物だ。じつはカクヨムのような小説投稿サイトにおいては現在は字下げをする人が多数派なのだが、彼らはそのような「字下げ派」から攻撃されることを恐れている。ああだこうだ言われるのが怖いからとりあえず字下げをしている、というわけだ。そうすることによって自分の文章の美しさを損なっているということに彼らは気がついていない。

僕はそういう人たちを軽蔑している。審美眼がない人物も人の顔色をうかがってばかりいる人物も、僕にとっては軽蔑の対象だ。せめてこの記事を読んだ人だけは正しい道を選んでほしいと僕は願っている。

ところでここまで読めば冒頭で述べた「一文字でウェブ小説の良し悪しを判別する方法」はおわかりだろう。最初の一文字が空白かどうかを確認すればよいのだ。空白ならそのウェブ小説はもう読む必要はない。二文字目を読まなくてもよいのである。