前回に続けてブローティガンの『アメリカの鱒釣り』を読む。
<アメリカの鱒釣りホテル> 二〇八号室
『アメリカの鱒釣り』には47の短編が収録されているが、その中でずば抜けて面白いものは『<アメリカの鱒釣りホテル> 二〇八号室』である。これがもう、異常なほどに面白い。これと同じぐらいの長さで同程度に面白い小説を作れと言われても、まずもって不可能なのではないかと思われるぐらいである。『二〇八号室』はまぎれもなく文学史上に輝くマスターピースだ。
今回はこの作品を読み解いていこうと思う。
この物語は前後の二段に分けられる。アートと黒人の女の話が前段で、猫の名前の由来について主人公が不思議に思い、その謎が解明されるのが後段である。
この小説の不思議さは、前段と後段の結合にある。前段と後段が中心的に語っていることがそれぞれ別のことで、一見したところあまり関係がないのである。しかしなぜか読者はこの結合に自然な流れを感じ、謎の解明がなされる瞬間には新鮮な驚きを覚える。落ち着いて反省してみると、これはまったく不思議なことである。
箱という見方を導入してこの短編を見てみると、次のようなことが言える。
まず、舞台はホテルである。ホテルはその中にたくさんの客室を含んでいる。さらに、客室は客であるアートと女を含んでいる。こうした箱構造は、扉が多くの錠前やかんぬきなどで守られていることから、強調されているととらえられる。
内部のアートと女のペアも、一種の箱の外郭であると考えられる。その箱の内部にいるのが猫の二〇八なのだ。つまり主人公は物語が進むごとに、箱の入れ子構造を順に中に入っていくととらえられるのである。その箱の入れ子の最終的な中身が猫の命名の秘密であると受け取ると、短編全体の見通しがよくなるだろう。
また、話中話も構造のポイントのひとつである。アートの話は友人の伝聞という形で、話中話で語られる。次に主人公たちは実際にアートをたずねる。つまり絵の中から描かれた人物が飛び出してくるように、話中話から人が飛び出てくるのである。
いったん話を戻して、落ち着いて全体を俯瞰してみると、この話は結局、終始アートと女のペアについて語っているものである。猫の二〇八もじつはアートと女のペアの置き換えに過ぎない。
そうした中心人物を、前述のように、枠物語の枠から飛び出してくる形で登場させている。それがひとつの効果的な語り口になっているのだろう。中心の座に対象をすえる効果がある、と受け取れる。こうした話中話の構造は、猫の話に話題をスライドさせていくのにもひそかに役立っている。そこでは視点の人物である主人公と猫とのあいだの話になるからだ。
アートたちの過去の話は痛ましい。彼らはまずしく、現在の境遇はみじめである。滑稽であるとも受け取れる。箱の外郭がそのような見た目を持っているので、彼らの心の内部を映している猫は最後に輝きを見せるのかもしれない。言わば箱の外郭が犠牲として機能し、内部がその代償を受け取っているのである。