自動車・電車・飛行機などの乗り物は物語における強力なモチーフである。そこに入っていると人は静止したまま動くことができる。この明らかな矛盾は本当に面白い。また乗り物は同時に容器でもある。容器は外と内を区切り、中にいる人を守ってくれる。乗り物という容器に囲まれた人は、常に母親の腕の中にいると言える。
優秀なモチーフは物語の書き手にさまざまなイメージを喚起し、筆を進ませるものである。乗り物はまさにそういった優秀なモチーフに相当すると言っていいだろう。
たとえばヘミングウェイの「日はまた昇る」においては主人公たちはタクシーや列車やバスに乗って旅行をする。主人公のジェイクは身体に障害を負っており、そのために心を傷つけられているが、深い諦めとともに人生を送っている。彼にとって人生とは常に他人によって運転される乗り物に乗って揺られているようなものなのである。自分は止まったまま目の前を無数の光景が通り過ぎてゆく。窓の外と自分との間には距離があり、流れゆく光景に手を伸ばすことはできない。ジェイクにとって生きることとは、眼前の現実を変えられないということである。事実、この小説において主人公とヒロインは関係性がまったく変わらないまま結末を迎える。これほど「何も起こらない」小説はめずらしいと言える。
あるいは村上春樹の「1Q84」においても乗り物は重要な役割を果たす。
「1Q84」の冒頭の場面において、主人公はタクシーの中にいる。そこでタクシーは高速道路上で渋滞にあっており、全然動くことができない。乗り物という移動のための機械を利用しておきながら、主人公は停滞しているのである。そこで運転手からの提案によって、主人公の女性は高速道路の非常階段から脱出する。このエピソードは乗り物の「箱」性を強調している。主人公はタクシーという箱から抜け出て、さらに渋滞している高速道路という狭い箱からも抜け出るのである。これは停滞した人生にあらがうという前向きな姿勢を表現しているので、読者に訴えかける力がある。
こうした「箱」性は、冒頭の短いエピソード、つまり車内のラジオによってヤナーチェックの「シンフォニエッタ」という音楽が奏でられることにも表れている。箱の外から電波によって箱の内側へと素敵な音楽が届けられるのである。この音楽は主人公を駆動するみなもとのエネルギーにもなっている。
色々述べてきたが、乗り物のポイントは二つだと思う。それは移動と箱性である。一つのものがその二つを同時に兼ね備えているところが面白いところだ。こうした機械の乗り物は、少なくとも個人の気軽な利用という観点では、たとえば「カラマーゾフの兄弟」や「ノートルダムドパリ」などには出てこない。つまり比較的新しいモチーフなのではないだろうか。
僕はこのモチーフに強い興味を持っている。これからもこのモチーフを研究していきたいものだと思っている。