僕は小説をまったく読まない人でも理解できるような文学を作りたいと常々思っている。なぜなら僕は文学的な価値というものを強く信じているからだ。この世の誰もが『百年の孤独』や『失われた時を求めて』を読み、心を打たれるべきだと確信しているからだ。
しかし実際には世のほとんどの人は『失われた時を求めて』を読まない。『百年の孤独』はたびたび世間で話題になるが、あれを面白いと思って最後まで読み切れる人は実際には少ないだろう。セルバンテスの『ドン・キホーテ』やカフカの『城』を読む人となるとほとんど見かけないし、読んだ上でなお心から感動する人というとゼロに近いと思う。
だから現代の文学者が真にやるべきことは、これらの偉大な作品の骨格だけを再利用してまったく別の読みやすい作品を仕上げることだ。僕はずいぶん前からこのことをミッションとして自分自身に課している。難解な表現がぎっしり詰まった、古い時代の感覚で書かれた小説作品を、本質だけを取り出して料理しなおし、たとえば漫画や動画などに置き換えるのだ。
では「骨格だけを再利用する」とはいかなる意味か?
まずは具体的に既存の作品の「骨格」について述べる。たとえば小説『ドン・キホーテ』においては主人公のドン・キホーテは狂っている。彼は騎士道物語というジャンルの小説を読み漁り、そこに耽溺した結果、自分を物語の中の主人公である騎士だと思い込んでしまうのだ。現代で言うなら自分をジャンプ漫画の主人公だと思い込んでしまうようなものだろう。ドン・キホーテは大勢の敵と戦って打ち勝ち、姫と恋をする自分というものを妄想の中で生きる。彼はそうした妄想を現実の中にたびたび見出すので、風車に向かって突進するといった奇行をくりかえしてしまう。
『ドン・キホーテ』という小説は序盤が長い。作者のセルバンテスは序盤で念入りに「ドン・キホーテは気の狂った馬鹿者ですよ」ということを書く。そのドン・キホーテが実際にはヒーローとして活躍し、大勢の人を救うというのがこの小説の最終的な筋書きである。
と説明すると実際に小説『ドン・キホーテ』を読んだ人は首をかしげるかもしれない。というのも小説内での事実としては、ドン・キホーテは最初から最後まで徹底的に馬鹿にされ続けるからだ。事実レベルでは彼は誰をも救わない。一応結果として若者カルデニオは窮地から救い出されるのだが、それは別にドン・キホーテのおかげではない。単なる成り行きにすぎないのである。
しかし事実レベルを脇に置いて小説が読者に与える心理的な効果およびその変遷だけに注目すると、見えてくる光景はだいぶ違ってくる。たとえばこの小説には雇い主に殴打される羊飼いの少年や漕刑囚やトルコ人に誘拐された人質など、被差別者がたくさん出てくるのだが、こうした被差別者の中でドン・キホーテは最下層に位置している。なぜなら彼は人間の言葉が通じない、気の狂った老人だからだ。それは見方を変えると、ドン・キホーテは気が狂うことによって他の者を最下層に位置させまいとしている、と受け取れる。彼はこの世の差別構造に打たれる人々を身を挺して下から支えているのである。
あるいはカルデニオと別れた後にドン・キホーテが山中で姫ドゥルシネーアを思って嘆き、苦行に励むのは、恋人に裏切られたと思い込み苦しんでいるカルデニオの懊悩を、ドン・キホーテが代わりに引き受けているのだと受け取れる。
かようにしてドン・キホーテは献身的である。彼は自己犠牲によって人を救うキリスト的なヒーローなのだ。このような事実レベルの物語と心理レベルの物語の切断こそが、読者の無意識の領域を魅了する。つまり意識に訴えかける話よりも無意識に訴えかける話の方がより力を持つのだ。だからこそ『ドン・キホーテ』は古典になりえた。
そこで僕はこのような構造を採用した物語の動画を作った。それが次の動画だ。この動画の中では本筋の物語が進行している最中に、あるユーチューバーの配信が唐突に挿入される。前半で二回、結末部分で一回、ユーチューバーの配信の場面がある。
そうすることで僕は事実レベルの話と心理レベルの話の切断ということを試みている。ユーチューバーが配信上で話すことは、事実レベルでは本筋の物語と寸毫も関係がないのだ。しかし心理レベルでは関連があるという形にしている。
また、このユーチューバーはあまりにも馬鹿げたことを信じている。現代日本人の我々は宗教を馬鹿にし、忌避しているが、動画中のユーチューバーは素朴に神を信仰しており、信仰内容を誰をもはばからずにしゃべるのだ。それは前半部分においてはあまりに滑稽に見える。しかし結末部分では、ユーチューバーの話ぶりは同じであるにもかかわらず、そのようには見えない。むしろ真摯で誠実に見える。なぜなら視聴者は本筋の物語を通ってきたので、物の見方が変わっているからだ。もちろん僕はこのユーチューバーをドン・キホーテに見立てたのである。
以上が「骨格だけを再利用する」ということに他ならない。みなさんにはぜひこの動画を最後まで見てほしい。全部で4話まである。