六つの塔

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六塔掌月のブログ

タグ「影と鏡像」の記事

全16件

2026年

  1. 『真子と鏡』を読む

    自作の中編小説『真子と鏡』について述べる。本稿はすでに同作を読み終えた者を対象にした記事になっている。『真子と鏡』の直接の祖先はホフマンの『大晦日の夜の冒険』である。

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  2. 小説『真子と鏡』を発表しました

    自作の小説『真子と鏡』を同人誌で発表しました。編者は九頭見灯火さんです。次のリンクからお買い求めいただけます。『真子と鏡』は、主人公がある日に突然、鏡に自分の姿が写らなくなることから始まります。

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  3. 分かたれた二つの層

    最近僕は小説の書き出しだけを書いた。200文字ぐらいの内容で、第一文で主人公に何か衝撃的なことが起こり、それによって主人公の心は二つに割れてしまう。

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2025年

  1. 影と鏡像8

    前回の記事では左右関係を俯瞰して述べるということをした。影と鏡像7ここでは俯瞰という視点からではなく、自分自身の視点から、つまり主観で見たときに左右関係はどう目に映るのかということを述べたい。

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  2. 影と鏡像7

    今日は影と鏡像のタグをつけた自分の記事を読み直してみた。読み直して驚かされたのは、あまり論理的に書かれていないということである。

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  3. 慈悲・慈愛・母性の三位一体論

    デウス・エクス・マキナ、すなわちそれを出しさえすれば一挙に物語が解決する装置として、主人公の自己犠牲というものがある。自己犠牲は主人公がクライマックスで放つ最終兵器であり、それによってすべての困難が解決される。

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2024年

  1. 『僕の名はポイチョフ』の構想

    僕は『カラマーゾフの兄弟』を敵視している。憎んでいると言っても過言ではないだろう。ドストエフスキーが現代に甦ったら、目の前までいって顔面に右ストレートをぶちこんでやらないと気が済まない。

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  2. 影と鏡像6

    本稿では心の入れ替えという作用について記す。セルバンテスのメソッドは典型的な入れ替えの例である。セルバンテスは人間の心が意識と無意識の二層に分かれていることを喝破し、かつそれぞれの層が抱えている感情を入れ替える方法を発明した。

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  3. 見るなの禁とエディプス・コンプレックスの共通点

    最近、夏目漱石の『三四郎』を序盤だけ読んだ。そこで僕はどうにも驚かされた。まさに冒頭がエディプス・コンプレックスの話型だったからだ。

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2023年

  1. 影と鏡像5

    影と鏡像は負の姿である。それは正の姿としては、古事記における二ということになる。西洋的な価値観から古事記における二の姿を見ると、それは影と鏡像として目に映る。

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  2. 『街とその不確かな壁』を読む

    村上春樹の『街とその不確かな壁』について書く。この本は別段面白くはないし感動的でもない。文章そのものにもこれといった刺激や独特の味はないから、読者としては最初から最後まで同じ味のコース料理を食べさせられているような気持ちになる。

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  3. 影と鏡像4

    主人公が引き裂かれの状況に置かれている時に、二つの異なる道の融和を図らざるをえないのは、往々にして作者にとっても困難な道である。

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  4. 『フランケンシュタイン』を読む

    光文社古典新訳文庫でシェリーの『フランケンシュタイン』を読んだ。とても面白かった。そこで今回はこの本について書いてみたい。

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  5. 影と鏡像3

    本稿では次の作品群をとりあげる。『ウィリアム・ウィルソン』は単純な構造の作品である。一般的に言って影と鏡像という現象の根底にあるのは、自己の良心と欲望の相剋であるが、この作品では影が良心として立ちあらわれ、本体のほうは欲望を体現している。

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  6. 影と鏡像2

    影と鏡像という構造の中心にあるのは引き裂かれへの独自の態度である。影と鏡像は、主人公が二つの力に引き裂かれる状況に陥っているときに、その解決を、片方の抹消ではなく、両者の融合でおこなおうとする場合に立ち現れる。

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  7. 影と鏡像

    影と鏡像という文学のテーマがある。これはシャミッソーの『影をなくした男』という小説から開始されたらしい。明らかな後継作品としてホフマンの『大晦日の夜の冒険』がある。

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